美濃古城山・鉈尾山城へ行こう!!古城探検第30弾・第1回
今日はTCR1はお休みで、
クロスバイクでの出動です。
クロスの方はベビーシートがつけてありますのでね。
こども2人を連れて美濃に向かいます。
おばあちゃんにサプライズ&
いよいよあの古城山を攻略しに行きます。
前回おばあちゃんにおみやげを渡しそびれたので、今回こそはということでサプライズ訪問です。
前回おばあちゃんをびっくりさせようと会いにいったにもかかわらず、
おばあちゃんに会えずじまいで帰ってくるという
西野カナのコンサートに行って、
途中で長渕のライブ会場に入ってしまったくらいの
仕事ぶりでございます。
今回は、
その反省も踏まえ、
前日から気合の入りようが違います。
天気は快晴。
最近の雪化粧の影響から、ほうぼうで水たまりがたくさん出来ています。
気温は大変低いものの、エスキモーのように完全防御です。
前×1
後×2
でホッカイロを貼り、
ヒートテック8枚
サイクルジャージ1枚
ダウンジャケット1枚
で関取みたいになっています。
ヒートテック(ヒートテックみたいなもの=ヒートテクトロ・ヒートテクニカルなど)のあまりの消費量にびっくりさせられます。
ここを朝の8時15分に出発!
例によって10分でこのお店、メロンファームさんにつきます。
気合十分の割に、
華麗にモーニングを頂いております。
これで370円です。
とてもお得で、お店の雰囲気もよいですね!
メロンさんに大きな声でお別れをします。
関商工会議所前。
ここから本町通りに入ります。
まだ朝がはやいので本町のお店が空いていません。
いつもの満月堂や五平餅のお店もです。
カレー屋さんにはまだ早い時間ですので、
このまま
本町通りを岐阜方面に向かいます。
関の名店・虎屋さんにはいります。
ここで美濃のおばあちゃんの家におみやげを買います。
外側は車が結構通りますねぇ。
朝っぱらから自転車でこの道を通る物好きは今のところ一人もいないようです。
関シティターミナルを超え、
十六銀行さんの通りを通ってひたすら北上していきます。
手前のビルは関信用金庫さんの本店でしょうか。
デイリーストアで一服。
いま来た道をパチリ。
関市らしく刃物の工場がたくさんあって面白いです。
てっぺんが綺麗な丸型にとんがっているのが松鞍山です。
これが美濃市の目印ですね。
そこそこ高いように見えますが、今回の古城山と比べると100m以上も標高が違います。
ひたすら北上していきます。
関‐美濃間は
歩道が良いので、サイクリングはとても楽しいですね。
関・美濃は中濃であり、
美濃加茂は加茂であります。
美濃と美濃加茂はどちらも関のお隣さんですが、
何が言いたいかと申しますと、心理的には親戚のようなもので人の往来も多いのです。
美濃インター下のサピーショッピングセンターにつきました。
前回スーパーめぐりが私の趣味と申しましたが、
サピーは愛知が本場のカネスエという激安スーパーが入っており、
遠く富加からもお客さんを集客している屈指の人気店です。
ここの焼き肉のミソタレはパッケージはアレですが、
非常においしいです。
隣にはこちら和歌山が本社のオークワ、
通称
オークワシゲノブなどとも言いますが、
ここが入っています。
それにイオン系列のBIGという店舗があり、3つどもえの激戦区なのであります。
さらに本場岐阜のバロー、食品で集客する北陸のゲンキーなどドラックストア群、
さながらスーパー戦国時代の様相を呈しています。
話がそれましたね。
ここでなぜか車で買い物に来た嫁さんと合流して買い出しをします。
お菓子と食料を買い込んで、嫁さんと別れ再度出発します。
パチンコアカダマ近くの交差点までやって来ました。
ここから美濃市街地に入ります。
ここからが美濃市街地になります。
上の子供を先頭に一列縦隊で進んでいきます。
小高い丘の上に築かれた美濃町です。
街道の風情をのこして良い感じですね
ここを右に回ります。
2本の街道を南北にわける道を進んでいきます。
今回一軒一軒をまわるとタイムオーバーになるので、このうだつの町を通り過ぎます。
美濃の街道です。
金森長近が整備したといわれるこの町は、前回の小倉山城によって成り立っています。
今回は、旧城下である古城山、鉈尾山城に向かいます。
魚屋町筋など大変見どころが多いです。
古城山が近づいてきました。
正面の左側がその山になります。
標高437m,比高300m超の大山であり、
こちらから見るとお皿をひっくり返したようなカタチをしてますが、
実際は、急峻でナタを反対側にしたように、切り立ったがけでできています。
武儀高校の裏が古城山です。
遠目でみても大変大きな山ということがわかります。
その山に一歩一歩近づいていっています。
武儀高校生御用達の
長良川鉄道梅山駅を超え、左手にまがり、美濃運動公園方面に向かいます。
このあたりから傾斜がきつくなってきており、常に上り勾配です。
広い意味で言えば美濃町全体が古城山の尾根筋からできていると言えなくもないです。
火葬場のある一帯です。
この歩道をゆっくりとすすんでいきます。
坂を降りると美濃の町と、古城山の絵があります。
中央現在地から右に古城山が見えます。
ちらりと正面に見える大山が古城山です。
かつてはここに鉈尾山城という山城が築かれ、
城主佐藤氏を中心にこの一帯を支配していたという歴史ある山城でございます。
この古城山、こちらからというより正面からみると非常になだらかな丘の用に見えなくもないです。
しかし、特徴としては、刃物のような鋭利な状態になっており、頂上からは両側に向かって急峻な勾配が眼下に広がっているようです。
この刃物が上をむいたような形状のため鉈尾山城とよばれたのでしょうか。
佐藤氏といえばあの富加、加治田城においては”裏切り”という点において
信長の美濃攻略の一旦を担った張本人であり、その系統なのかもしれません。
いずれにせよ、この規模、地形、地勢から見るに、この城はこの地方でも大変大きく、加治田、小野、安桜山など各城と連携して成り立っていたといえると思います。
これが古城山でございます。
すこし特殊な形状ですのですぐにわかると思います。
丸型が松鞍山、平型が古城山ですね。
むかし、部活でよく来た運動公園です。
坂を登ってきて、坂という坂のフルコースでございます。
ラーメンのあとに、
締めにラーメンみたいなですね。
しかし、一歩一歩確実に近づいています。
やっと麓に到着しました。
家出発からすでに約3時間立っております。
この地図によるとルートは2つ、
不動岩方面かびょうぶ岩方面か。
近い方でというリクエストにより
左側の屏風岩方面から攻略することに。
形状からするとこの古城山が二手に別れ、その間が根小屋であり、城下であったことは
あの悲劇の城、小谷城の例からみてもわかります。
この古城山を頂点とする谷あいが防衛陣地であったということです。
※小谷城のブログはこちら
登ってきた道が眼下にひろがります。
美濃市体育館したの古城山の麓です。
ここがまさに城館館跡であったろうことはほぼ確実なのではないでしょうか。
お菓子を取り合うの図
ということで次回から自転車を降り、徒歩で山頂を目指していきます。
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