木曽路旅その5
さてみなさまこんにちは。
次はラストといいながら、結局ここまで来てしまいましたね。
馬籠峠から長野県側へ
さて、馬籠峠からヒャッハーしながら下っていきます。
すると随所にいい感じの石畳が…
これは中山道びわ峠、十三峠みたいだぞ❢❢❢
テンションが上っていい感じ。
さて、ここで外国人の観光客の方とお話。
Will you take a picture?
(写真を取ってくれませんか?)
英語はわかりませんでしたが、
ジェスチャーで判明。
ということなので
ピクチャー!?
オーケーオーケー❢❢❢
オフコース
オフコースof
小田和正❢❢❢
(最後いらんだろ❢❢❢)
ということでこの外国人の家族の写真をぱちり
そこで私もなけなしの中学英語で聞いてみました。
ホエア・アーユーフローム?
”OH イスラエル❢❢❢”
なんとイスラエルからきたとのこと。
向うも聞き返してくれました。
ホエア・アーユーフローム!?
OH❢❢❢、アイム・フローム・ジャパン❢❢❢
(あたりまえだ❢❢❢)
まぁ私も木曽Genius(木曽路の天才)になるために
ここにきたわけじゃないですか。
すかさず中学英語を続けましたよ。
アイム・フローム・チャリ❢❢❢
”??????????”
ということでね、流暢なネイティブ・イングリッシュで国際交流をしてきましたよ。
ちょっと西海岸なまりが出ちゃったかな・・
HAHHAAA❢❢❢
まぁ後は
♫#$%)”!#)#)!!#”❢❢❢
~=|#$%)”!#)#)!!#”❢❢❢
みたいな流れになり
”オーケーオーケー!”
(お前一個も理解できてないだろ❢❢❢)
したら
写真取ってくれみたいに言うもんですから
この子供の嬉しそうな顔。
ジャパニーズロードレーサー
かと思ってますね。
かと思ってますね。
セキサイでいうチャンプ状態ですな。ワハハ。
さて、ここを離れて下っていくと、
女滝、男滝がありました。
どうもね、わたし、滝に弱いことが判明
しかしね、根の上、かさぎ山ときて
江戸時代から旅人に親しまれてきたんですね。
再度駐車場に戻って峠を降りていきます。
さて、SPDSLをどろだらけにしつつ下っていくと、大妻籠の文字が・・・
どうも馬篭宿から妻籠までの途中にこの大妻籠があるようです。
家数はぐっと少ないですが、ちょっとした休憩場のようなものだったのかもしれませんね。
ここは妻籠から馬籠に来るまで行く際に気にはなっていましたが、
峠の向こうに馬籠があります。
街道沿いに宿屋が立ち並んでいたのでしょう。
これだけ大きな宿場が点在していたということは、往来がすごかったことの証明になりますね。
夜明け前
木曽路は全て山の中である。ではじまる島崎藤村の夜明け前。
その夜明け前は木曽路馬籠宿本陣の跡取りである青山半蔵の生涯の物語です。
本陣というのは大名などが泊まる宿場の中心でありさまざまな特権の恩恵者ともいえる立場でした。
それが明治維新を迎え、参勤交代の廃止や、宿場制度の見直しといった大改革によって、変動を迎えることとなりました。
その時代の大波に翻弄される青山半蔵。
全て山の中で語られるような閉塞空間から一気に改革開放の波が押し寄せてきます。
ある種閉塞空間であったがゆえに成り立っていた宿場においては、その夜明けが眩しすぎたのかもしれません。
かつての栄華がしのばれるその木曽路街道をひとり走っていきます。
側道には小さな川が流れています。
朝6時20分に家をでて、
中山道細久手宿、大湫宿、中津川宿ととおり、
落合宿、馬篭宿、そして大妻籠、、、、
12時30分、そしてついに妻籠に❢❢❢
妻籠についたーーーーーーーーーーっつ❢❢❢
自宅からおよそ95kmの地点です。
本当に来てよかった。
この岐阜県側の宿場入り口がまた大好きなんですよねぇ・・・
駐車場からはなれてるので人がほとんど居ません。
奈良井宿に次ぐ大きさ。
正面に見えるのは、恵那からもよく見えた伊勢山ということです。
(推定)
伊勢の山、つまり木曽ひのきを伊勢神宮に持っていくための山ということです。
安土城を作る映画がありましたが、あれも木曽のそまびと(杣人)の話でしたよね。
古来から神木が多い地域なのかもしれませんね。
ゲホゲホっ❢❢❢
江戸時代もこのようにたくさんの人々があるいていたのでしょうね。
軒先にはお土産をはじめたくさんの商品が並んでいます。
こうした路地がまたいいですねぇ・・・
何度来ても最高ですが、若干スポーティーなサイクルジャージが
悪目立ちしてしまっているよう・・・
あれ、空気抵抗がスゴイんですよ。
空気抵抗が。
アレをかぶればヘルメットかぶれないんで、
当然首にヒモ引っ掛けて後ろに渡すんですが、
時速40kmで下り坂下れば、首が締め上げられること必至なんですよね。
多分、この木曽路でそんな訳のわからない死に方するひと見たことが無いわけじゃないですか。
名探偵コナンでも死因がつかめないと思うんですよね。
木曽路の面汚しと末代まで言われますんでね。
というわけで、妻籠笠は一旦あきらめ、
これも長野から木曽路にかけての伝統食でしょうか。
野菜がたっぷりでホクホク。
中華まんの日本版といったらわかりやすいかと思います。
長野県側に出てきました。
ここからは帰路になります。
もう一度、馬籠峠を超えるか?と問われれば
”ノーテンキュー
テンキューテンキュー
典厩信繁❢❢❢ワハハ”
(そのギャグ❢❢❢全然面白くないわ❢❢❢)
そういう言葉が出てこざるを得ない。
帰りはおとなしく19号線をとります。
木曽路を走って
というわけで妻籠宿に無事たどり着くことができました。
今回初めての路でたくさんの人たちと触れ合うことができ本当に嬉しいライドでした。
終始ワハハしてましたが、木曽路の良さと言うものを体感することができました。
車で行く馬籠や妻籠ももちろんいいのですが、宿場というのは木曽路を構成する一部にすぎない。ということが今回のライドでよくわかりました。
長い道のりと大変な峠超えこそが宿場の存在を際立たせるのであり
街道と宿場というのが対になってこその木曽路。
街道と宿場というのが対になってこその木曽路。
そして両側からせり出す山々、深い谷から流れる川の音、動物の鳴き声、葉々の擦れる音、木漏れ日、水たまり、滝の音、石畳・・・
それを肌で、五感で体感できました。
木曽ジーニアスになれたかどうかはわかりませんが、
また行きたいと心からそう思いました。
また行きたいと心からそう思いました。
ご清聴ありがとうございました。
チームセキサイは木曽路を応援しています。
(いや、お前だけだろ❢❢❢)
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面白そうな所色々有るのですが、19号線がロードで走るにはあまりにも不向きですね、この間南アルプスの帰りに走れそうなコース探しながら帰ってきましたが、夜の7時に19号線を中津川に向かって走ってるローディー見てハラハラしてました。
ここに限らず国道はロードに優しくないですね。