佐倉城址公園へ行こう!古城探検第38弾・1/2・ゴールデンウィーク特別編

今年は初めてと行っていいほどGWがフルで休むことが出来ました。

 

というわけで、千葉の姉の家まで車で行ってまいりました。

2日の20時に岐阜を出て

3日の朝4時に現地に着きました。

滞在期間はたった2日でしたが、

 

佐倉武家屋敷と佐倉城という2つの遺跡を見ることができて大満足でございました。

千葉というととても都会な感じがしますが、ここは関というよりも富加といった感じで

非常に自然が多く、広大な関東平野の底力をみた感じがします。

こちらで行きたいところを指定するよりも地元の人の方がおすすめスポットがわかっているはずですので、

今回はおまかせコースです。

初日は動物公園というところへ連れてってもらいました。 A640P1180385 

動物公園では、キリンや巨大なゾウなどもおり子どもたちがはしゃいでいます。

A640P1180387 A640P1180388    

デカイダチョウ
A640P1180393     

同じカタチで寝るバク。

でもなんといっても一番の盛り上がりを見せたのは

”ゴリラコーナー”

ですよね。

子供達が

”こっちにもゴリラがいるよ。”

と言ってこちらを見てきたので

”だれがゴリラじゃウホ。”

という突っ込みをしたら大喜びでした。

それだけでここまで来た甲斐があるというものですよね。

一時はディズニーランドへ行こう!という案もでていたものの、

さすがにGWにディズニーというのは、

さすがにキツイということで今回の件ということに相成りました。 

さて2日目は午前中から武家屋敷および佐倉城へ連れて行ってもらいました。

A640P1180404 

この山道を登っていきます。

別名ひよどり坂

ここは実はすでに城域に入っております。

 A640P1180406  A640P1180409 A640P1180410

丘を登ったところにお寺があります。

A640P1180411 

画面左手が佐倉城になります。

大変大きな水堀で仕切られ、中にも何層もの空堀が見えます。

平山城といった風情で、小高い丘の上に城と町が形成されていたようです。

A640P1180412 A640P1180413
このように町全体が丘というか山にあるという珍しい町です。

なにげに大好きな飯田の町によく似ています。

ただし城跡の城域は桁違いにこちらのほうが大きいです。

A640P1180414 A640P1180415

たしかに昔の風情は色濃く残ってはいないものの、

想像力を働かせれば昔の姿がよみがえってくるようです。

A640P1180416 

道の両側には小高い丘があり、それぞれの武家屋敷がものものしい形状をしていたことがわかります。
 
A640P1180418 A640P1180419

こんな看板も。
A640P1180423 

旧但馬家です。

3件の武家屋敷があり、その中でも最も禄高の高い但馬家からスタートです。

A640P1180424  

小冊子を購入しました。

入場料は200-300円程度とリーズナブル。

A640P1180431

こうしてカマドの火をたくことで屋根に虫がつきにくくするということでした。

A640P1180433

 A640P1180432   A640P1180439  

昔良く見たこのツボを久しぶりに見ました。

A640P1180442

実際の庭はこんなかんじだったのでしょうか?

江戸に近いこの佐倉は普代の大名が在番しますが、

今で言う転勤族にあたるため、

地域性に乏しく、あまり地の物、特産物などを育てることをしなかったという歴史があるということでした。

庭も近所の人を雇って適当に作っていたらしいです。

我が美濃においても”美濃を制すものは天下を制す”との言葉通り

戦略上の要衝として扱われました。

そのため徳川幕府は特定の大名に美濃1国をあたえるということをせず、

非常に細かく分割して藩制を敷きました。

一国一城令が敷かれたにもかかわらず各地に名城跡が残されているのは、美濃に藩が多かった証でもあります。

現代において、この岐阜県は
各エリア間の連携というものに乏しく、若干岐阜に対する愛着というものは薄いのではないかと思っております。

長崎に住んでいた時は、

”岐阜から来た”

というと

”えっなに、東京の右やったっけ、”

という茨城と間違えるケースや、

”石川の上やね”

などというもはや日本でもなさそうな回答をされ、

このような無毛なやりとりを散々いわれたため

”名古屋の方から来た”


ということを真面目に言っておりました。

A640P1180443  A640P1180445  A640P1180447

この縁側はとてもよい感じですね。

   A640P1180451  A640P1180453  

この茅葺屋根は10年ほどしかもたないそう。

A640P1180456 
こちらは河原家

A640P1180457    

家格によって家の材質から作りまで細かく指定されていたようです。

A640P1180462  A640P1180464

このような戦国期の鎧兜を家にかざってあったのでしょう。

薩摩藩(鹿児島県)と中央政府との戦い、

いわゆる”西南戦争”

では、西郷隆盛率いる薩軍の招集に薩摩全土から

13,000名ものサムライが集まってきました。

しかしこのような200年も前の

先祖伝来の鎧兜で出陣してきたという記載がありますが、

このような家をみるとなるほどとおもいますよね。

”おとっつぁん、おとっつぁん

やっと我が中村家伝来の鎧兜が使えるよ!”

”おう、ワシの体にピッタリじゃわい。
ぬ。若干におうな・・・”

”トンボ切りの槍も用意しといてくれ。”


”おとっつぁん、槍の先がボロボロなんやけど。”

”包丁でも指してヒモで巻いといてくれ”

”しかし重いな、動きにくくてかなわん・・・”

”おとっつぁん、カッコイイ♡”

などというやりとりがあったのでしょうか。

A640P1180465  A640P1180467   A640P1180470 A640P1180471

この写真は江戸時代でもおかしくないですね。

A640P1180472 A640P1180473
右から

但馬家200石

河原家150石

武宮家50石

の武家屋敷です。

A640P1180474

5月の空は鮮やかに晴れ渡り、気持ちのよい風が通り抜けています。

A640P1180475

というわけで武家屋敷を大いに満喫して、佐倉城址公園に向かいます。

続く

古城探検第39弾・犬山城へ行こう!はこちら


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)